東京高等裁判所 平成10年(行ケ)94号 判決 1998年9月08日
東京都台東区秋葉原3番3号
原告
株式会社カランテ
代表者代表取締役
山田要次郎
訴訟代理人弁理士
大塚貞次
京都府綾部市青野町膳所1番地
被告
グンゼ株式会社
代表者代表取締役
長岡正司
訴訟代理人弁理士
江口俊夫
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主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成4年審判第21815号事件について平成10年2月10日にした審決を取り消す。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、「べにこうじ」の平仮名文字を横書きしてなり、旧第30類「菓子、パン」を指定商品とする登録第2132796号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、昭和61年7月30日に登録出願され、平成元年4月28日に商標権設定の登録がされたものである。
被告は、平成4年11月18日に本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求し、特許庁は、これを平成4年審判第21815号事件として審理した結果、平成10年2月10日に「登録第2132796号商標の登録を無効とする。」との審決をし、原告は、同年3月4日にその謄本の送達を受けた。
2 審決の理由
別紙審決書「理由」写しのとおり
3 審決の取消事由
(1)審決は、最近は「紅麹」をパン等の食品に混入して売り出している事実があることを論拠として、本件商標をその指定商品について使用するときは取引者・需要者をして該商品が紅麹入りであることを認識させる旨判断している。
しかしながら、紅麹を含有するパンが市販されている事実はないから、審決の上記判断は誤りである。
(2)審決は、被告(請求人)の本件審判請求は、その適用法条として商標法3条1項3号をいうものと解される旨判断している。
しかしながら、被告は、審決請求書に上記法条を記載していないので、本件審判請求は、不適法であって、却下されるべきものである。したがって、本件審判請求を却下しなかった審決は、違法である。
第3 被告の主張
原告の主張1及び2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
すなわち、紅麹は、血圧あるいはコレステロールの降下作用があるとされ、これを含有させたパン等が健康食品として既に市販されているから、本件商標の登録は商標法3条1項1号に違背してされたものであるとした審決の説示に誤りはない。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2
1 そこで、原告主張の審決取消事由(1)の当否について検討する。
原告は、紅麹を含有するパンが市販されている事実はないから、本件商標をその指定商品について使用するときは取引者・需要者をして該商品が紅麹入りであることを認識させるとの審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、甲第4号証(審判請求書)に添付されている「新註校訂 国譯本草綱目 第七冊」(春陽堂蔵版)の「紅麹」の項、昭和63年4月6日付サンケイ新聞の「ヘルシー食事学 紅麹食品」と題する記事、平成2年10月12日付大阪新聞の「新時代のヘルシーフード 紅麹パン静かなブーム」と題する記事、平成3年6月25日付「パンニュース」の「グンゼ開発の新健康食材」と題する記事、平成4年1月17日付日本経済新聞の「コンシューマー情報」と題する記事によれば、紅麹は、健康に効用があるものとして、古くから食品への利用が行われていることが認められる。したがって、仮に紅麹を含有させた「菓子、パン」が本件商標の登録査定前に市販された事実がないとしても、「本件商標をその指定食品について使用するときには、取引者、需要者をして、該商品が「紅麹(べにこうじ)」入り」であることを認識させるものであり、単に該商品の品質、原材料を表示するにすぎない」とした審決の判断は正当である。
2 次に、原告主張の審決取消事由(2)の当否について検討するに、甲第4号証(審判請求書)によれば、その記載内容に照らし、原告は商標法3条1項1号の規定違反をいうものと認められるから、原告の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
第3 以上のとおりであるから、本件商標の登録を無効とした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような違法はない。
よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年8月18日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
理由
1.本件登録第2132796号商標(以下、「本件商標」という。)は、「べにこうじ」の平仮名文字を横書きしてなり、第30類「菓子、パン」を指定商品として、昭和61年7月30日に登録出願、平成元年4月28日に登録されたものである。
2.請求人は、結論同旨の審決を求めると主張し、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第7号証(枝番号を含む)を提出している。
(1)請求人は、平成4年3月9日付で、被請求人より、「べにこうじ」の商標の使用を禁止する旨の警告を受けた(甲第1号証参照)。
したがって、請求人は、本件登録無効審判を請求することについて利害関係を有するというべきである。
(2)昔から、イースト菌や「こうじ」はパンをふくらませる効果があったが、請求人はバイオ技術により、紅色のこうじ菌の大量培養をすることに成功した。
「べにこうじ」すなわち、紅麹には、古来「中国の薬用菌類」(甲第2号証)にも掲載されている通り、薬用的効果のほか、酒の調理、醸造にも活用されていた。
この作用に着目し、最近、請求人は食パン製造用として、「べにこうじ」すなわち、紅麹を開発し、国内の多数の製パン会社に販売している。
(3)また、「べにこうじ」すなわち、紅麹にはコレステロール低下および血糖値の降下という効果があるためパンのほか、みそ、しょうゆ、ハム、ソーセージにも混ぜられ、すなわち、これらの商品の材料として使用されている。
この事実は、請求人が提出した、甲第3号証(サンケイ新聞 昭和63年4月6日号)、同第4号証(大阪新聞 平成2年10月12日号)、同第5号証(日本経済新聞 平成4年1月17日号)、同第6号証(パンニュース 平成3年6月25日号)および同第7号証(請求人の発行に係るカタログ)にも掲載されている。
(4)このように、紅麹に相当する「べにこうじ」の文字は商品パンの材料を表示するものであり、自他商品の識別力を有しないから、本件商標の登録は商標法第15条第1号の規定に違反してなされたものである。したがって、本件商標の登録は商標法第46条の規定により無効とされるべきである。
3.被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」と主張し、その理由を次のように述べている。
(1)請求人は、本件商標「べにこうじ」が「紅麹」と同一商標であるとの前堤で無効理由を申立てているが、無効理由は前記前堤の段階で既に失当と云うべきである。
(2)本件商標「べにこうじ」は「ひらがな」を一連に書したものであり、「べにこうじ」と発音される漢字としては、例えば、「紅麹」、「紅小路」、「紅公子」、「紅皇子」、「紅小子」、「紅効滋」、「紅公示」、その他がある。
(3)請求人提示の「紅麹」は“漢字”よりなるものであり、この漢字2文字の発音は、例えば「べにこうじ」、「べにきく」、「あかこうじ」、「あかきく」、「こうこうじ」、「こうきく」、「くれないこうじ」、「くれないきく」がある。
(4)したがって需要者としては、本件商標ひらがなよりなる「べにこうじ」が請求人の云うような漢字よりなる「紅麹」とのみであると認識することは到底あり得ないと云うべきである。
(5)また「麹」の種類には、「黄麹」、「黒麹」などがあって、それぞれ「きこうじ」、「ききく」、「こうこうじ」、「こうきく」、「くろこうじ」、「くろきく」、「こくこうじ」、「こくきく」などと呼ばれており、この業界において特に限定されたものはない。
上記「黄麹」、「黒麹」に対する確立した呼び方がないように、請求人提示の「紅麹」は前項で示したような呼び方があり、しかも請求人の提出した甲第2号証の2中の記載「紅麹」の和名「あかこうじ」(右から6行目)とあって従来「紅麹」は「あかこうじ」と呼ばれていたものである。
したがって、本件商標である“ひらがな”で構成した「べにこうじ」が漢字の「紅麹」を認識させるものであるとの請求人の申立ては独断に過ぎるものと云うべきである。
(6)また請求人は、紅麹が薬用的効果のほか、酒の調理、醸造にも活用されていたとして、甲第2号証を提出している。
しかしながら、そもそも前述した如く本件商標は「べにこうじ」であって、これをすなわち紅麹とすること自体に無理があり、かつ甲第2号証は酒に関するもので本件の指定商品たる菓子、パンとは商品を異にするものである。
(7)更に請求人は、「べにこうじ」すなわち、紅麹にはコレステロール低下および血糖値の降下という効果があるためパンのほか、味噌、醤油、ハム、ソーセージにも混ぜられ、即ち、これらの商品の材料として使用されている、として甲第3~7号証を提出している。
しかし甲第3号証には、紅麹(べにこうじ)又は紅麹と記載されており、本件商標たる「べにこうじ」のみの記述は全く認められない。しかも紅麹がパンと「直接」どのように係わっているのかの記述も全く認められない。尚、念のため申し述べれば「紅麹」にはイースト菌などのようなパン加工のためのふくらませ機能はないものである。
また甲第4~6号証は、本件商標の登録日たる平成1年4月28日よりも後に発行されたものである。
更に甲第7号証には、紅麹又は紅こうじとの記載であって、本件商標とは相違し、且つその発行日が定かでない。
以上の通りであるから、本件商標は、商標法第15条第1号の規定に違反して登録されたものではなく、したがって、商標法第46条の規定に何等該当しないものである。
4.よって判断するに、「紅麹」(べにこうじ)は血圧、コレステロールの降下作用などに効果があるとされ、最近は「紅麹」を本件商標の指定商品である「パン」等の食品に混入して健康食品として売り出している事実及び本願商標の「べにこうじ」が、「紅麹」を仮名で表示したものであることは、請求人提出に係る、甲第3号証及び同第4号証の薪聞の掲載記事の内容からも認めることができる。
してみれば、本件商標をその指定商品について使用するときは、取引者、需要者をして、該商品が「紅麹(べにこうじ)入り」であることを認識させるものであり、単に該商品の品質、原材料を表示するにすぎないものというべきである。
また、被請求人は「甲第4~6号証は、本件商標の登録日たる平成1年4月28日よりも後に発行されたものである。更に甲第7号証には、紅麹又は紅こうじとの記載であって、本件商標とは相違し、且つその発行日が定かでない。」旨主張する。たしかに、商標法第3条第1項各号の規定に該当するかどうかの判断時期は登録査定時と解されが、甲第4号証における新聞記事中「紅麹を使用した食パン『ベニエット』を昭和61年9月から発売した。」の記載内容については、本件商標の登録査定前の事情を述べたものといえるから、該事実は参酌し得るものというべきである。
したがって、本件商標の登録は、商標法第3条第1項第3号に違背して登録されたものであるから、同法第46条第1項により、その登録を無効とすべきである。
なお、請求人は、本件審判を請求するについて、その適用条文を明確にしていないが、請求の理由の内容から判断するに、その適用条文は商標法第3条第1項第3号と解されるから、上記のように判断する。